2015年6月14日 京都詩人会 ワークショップ

第7回・京都詩人会・ワークショップ・共同作品


田中宏輔さん、こひもともひこさんとのワークショップ。前回と同様、思い出コラージュです。思い出シリーズを継続していき、垣間見える詩人の人生を堆積させ、詩をお読みいただく際に思い出していただけたらという、詩は詩人そのものであるからこそ面白いという考えに基づくワークショップです。



以下は私の部分です。よろしければご覧ください。


絹更ミハルの思い出


板前だった祖父はいつも怖い顔、眉間にシワ、ドスのきいた低音。

父方の祖母は自分の連れ子の孫にはおいしいものを出すと言って、母が泣いていた。

父方の祖父と母方の祖母は身近な材料で、市販品や外食メニューを料理してしまうタイプだった。

私は祖母に、計量カップいらずの小豆の煮方を習った。

母から聞いた祖父のカレーやハンバーグの作り方を頼りに、私が編み出した小麦粉からルウやソースを作る方法は、オリジナルか否か。



絹更ミハル作品


夏になると
洗濯機の鍵を開けてくれた
母は
身近な材料で ハンバーグを作って
二階の窓から 笑顔をもらして
泣いていた


兄弟喧嘩がうるさくなりすぎると、母は、兄と私を洗濯機から閉め出す。閉め出された二人は、「どうする?高野のプール行く?一リットルサイズのバニラアイスいく?」と相談をはじめるが、十分くらいすると、眠ってしまった。


留守番をケイちゃんに任せて、電話を鳴らして、まっ黒に日焼けした、小学校低学年のとき。


一リットルサイズのカレーの置き場所は、洗濯機の中だった。


一リットルサイズのバニラアイス、上からそーっとばれないようにキッスしたら、いっしょに行こうって言われて、えっ、どこにと返事した。


中学生のときに好きだったバニラアイスは、ジミー大西にそっくりだった。


肩に窓枠ができた
30才のとき
ちょっと曇った 笑顔
23才のとき
先生に言えなくて
小豆を煮て
眉間にシミができた

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