『珈琲日和11』より好きな短歌

知己 凛さんがコーヒーをテーマに短歌とエッセイをツイッター募集し、紙面にまとめる珈琲日和シリーズです。今回の『珈琲日和11』は締め切りだった年末の多忙さに参加できなかったのですが、プリントしてきましたので、気に入った歌をランダムに紹介して感想をつけさせていただきます!次回は参加したいな!今号はうさうららさんのイラスト、大人の雰囲気が出ていてとても素敵でした🐰☕️

いまこれを書いてるのが、3月4日なので、ファミマやローソンでしか印刷できないな。遅くなってすみません。読みたいときは知己 凛さんに配信のアンコールをお願いしてみよう!


 

フチも欠け古びた青のマグだけど珈琲色がとても似合って/「手を伸ばせば珈琲がある」諏訪灯

欠けたカップを使い続けるには、よほど愛着がなければならない。古びたマグカップなので、そこには家族との葛藤や、自分の人生でマグだけが知っている大切な話などありそうだ。だからこそ、黒いコーヒーが似合うのかもしれない。青い古びたマグは人生の相棒なのだ。

 

人生は±0で終わらないアイスクリームに注ぐ珈琲/「黒と白」北山順子

人生が±0で終わるとしたら、どのような状況なのか。答えはブラックなのか、それともカフェオレなのか。どちらにせよ±0で終わらないということは、この歌ではアイスクリームの白が圧倒的に勝利することであろう。アフォガード。アイスクリームは主役としてコーヒーには溶けず、凛とそびえている。熱いものをかけられても溶け残る。

 

カチコチという音がする珈琲のカップの中の過去と現在/「珈琲映像」衣未

コーヒーカップのなかに、何を見たのだろう。のぞいた時に起きるデジャヴ、そしてタイムスリップ。前にも同じものをみた記憶へと。時計の音が響いているのだが、冷静に現在も見ている。

 

豆を挽くこの人生は脇役で良いことにしてカノンを流す/「コーヒーとカノン」山縣彩夏

人生の主役であれば、豆は自分のために挽くだろう。脇役ということは誰かに豆を挽くのであり、おそらくカフェの店員や店主であろう。どちらかはわからないが、店内に流す音楽を任されている。かけるのはカノンで、心を落ち着かせてくれて。生きていることが大事であって、人生の役柄はもうどうでもよくないか。

 

数年前もらったきりのコーヒーのプルタブをひいて自爆 できない/「模範的月夜あるいは缶コーヒー」はね

何年も経っていて、もしかすると賞味期限さえ過ぎているような缶コーヒーは、もしかしたら中身が腐りかけていて、おかしな気体が内側から発生して、缶がぱんぱんになっているかもしれない。その状態でプルタブを引いたら……引火?( しない?)

 

東北東のコメダ珈琲探してる あべのハルカス展望台から/「珈琲六景」雨虎俊寛

あべのハルカスの東北東というと、名古屋あたりか。展望台から望遠鏡で見ても見えるはずがない。自分の過去の記憶を覗くのか。未練短歌の真髄を見る。

 

窓側の席でからめるナポリタン芯がないのも良いと思える/「真昼の特等席」西藤智

イタリア料理店ではなく、喫茶店で食べるナポリタン。それはアルデンテではなくて、ソフト麺を炒めてケチャップで味付けしたようなものであってほしい。私はそういうナポリタンが大好きだから。私は岐阜住みで、鉄板ナポリタンという、ステーキ用の一人前の鉄板に薄焼き卵をしいて、その上にナポリタンを乗せた昔ながらの喫茶店のメニュー(名古屋めしのひとつといえば通じるでしょうか)が大好き。

 

以上、『珈琲日和11』より、好きな短歌とコメントでした。

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