菜花って食材としての菜の花なんだって

先週の金曜日は、岐阜Nカルの短歌講座だった。詠草に荻原裕幸「誰かが平和園で待ってる」からの一首を踏まえた短歌がでていた。私に評が当たったのだけれど、誰の歌かどういう意味かバッチリわかってしまった。最近、少しまちがうことはあるけれど、だいたい誰の詠んだ歌か、わかるようになってしまった。一年も経つとその方の家族とか、歌風とか、自然とわかるようになってしまうものなのだなと感慨深く。ちなみにその踏まえた歌というのは、私も大好きなこの歌。

結婚をして何年だつたか咲いてゐる菜花のまざる菜花のパスタ/荻原裕幸

講座では、短歌総合新聞「梧葉」に掲載された15首連作の荻原裕幸「この世界でしかできない」を読むプチ勉強会もあった。私は荻原先生の妻詠が好きすぎて、探したらやっぱりあったのでものすごくうれしかった。男の人の書く妻って、自分の支配している弱い立場のものという前提で表現されているにおいがぷんぷんするときがあって、そういうのは見て見ないふりして読むのだけど、荻原裕幸作品に出てくる妻はともに暮らすパートナーで、ひとりの人間としての観察対象でもあって、そこからほんのりとした愛情が伝わるところが、すごくいい。

この世界でしかできないこの真冬にしかできない何かを妻と/荻原裕幸

あともう一首、妻の歌があるのだけれど、ここでは引かない。ちょっと大変な思いをして梧葉を調達するくらいのモチベーションになるような歌だから、オギーファンがのたうつ感じの。

 

イラスト:いらすとやさんの画像のコラージュ

 

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